気がつくと靴のつま先に傷が入っていることのある人や、つま先が剥がれていることがあるという経験はありますか?そんな靴のつま先にダメージがある場合には、無意識のうちに地面をつま先で蹴ってしまっている人が多いです。
そういう言われて、「じゃあ足を上げることを意識して歩かなくちゃ」と思う方もいらっしゃると思いますが、実際はそんな簡単な問題ではありません。
歩くという行動は基本的に無意識です。足が地面から離れて前に出し、かかとを接地して体重を移動させるという一連の流れを、意識しながら行っている人は居ないはずです。もしも歩くことを意識しながら行ったとしても、30秒から1分もしたら、違うことに意識は移り、つま先がきちんと上がっているかどうかということを考えることなど忘れてしまうことでしょう。そして、次の信号待ちで思い出す。たいていそんな風になるものです。
つまり、無意識の歩行の中で、つま先が地面を蹴ってしまうことには理由が必ずあるはずで、その理由を改善しない限り、つま先をが地面を蹴るということがなくならないのです。
では、つま先が地面を蹴ってしまう理由としては、どんなことが考えられるでしょう。
股関節が硬くて可動性の低い人や、膝裏に問題のある人、膝を上げるための大腿の筋肉が弱っていることなどがありえますが、少数派です。
最も多い理由としては、歩行の中で、足首を曲げてつま先を上に上げる筋肉である、前脛骨筋、長指伸筋、長母指伸筋の働きが弱っていることが考えられます。そして、筋の働きが弱っているという状況には、「筋力が弱っている」場合と、「実際には十分働いていないのに、十分に働いていると身体が勘違いしている」場合があります。鍼治療はこの両方に効果的に作用することが出来るため、つま先剥がれを起こしやすい人には鍼治療が適しているのです。
つま先を上げる筋の働きの弱り方には2通りあると言いましたが、先ず最も知られている鍼治療の効果として、鍼刺激に対する反射による筋疲労や循環の改善、鎮痛効果があります。それらの作用によって筋肉が動きやすくなることは、この場合に求められる効果に適しています。また、間接的に周囲の筋の強化にもつながります。
そしてもう一つの、つま先が上がっていない理由である、筋力が無いのではなく、身体が現在のつま先の挙げ方で十分だというふうに、間違って認識している場合についても、鍼治療は効果があります。その理由は、筋肉の働きが十分だという間違った認識には自律神経が深く関与していて、自律神経の働きの調整に鍼治療がとても有効だからです。
人の身体の動きは、筋肉や関節の角度や動きの情報が筋肉や関節の中にある、固有感覚受容器から脳へと伝えられ、その情報を基に無意識下で調整されています。その無意識による筋肉の活動を調整する自律神経の働きの中に誤作動があることによって、つま先の上がりが十分ではない場合があるのです。
自律神経の働きは、高まりすぎていたとしても、低くなりすぎていたとしても、鍼刺激によって、整えられることが分かっています。それはつまり、高まりすぎていた場合には活動を下げるように調整し、低くなりすぎていた場合には活動を高めるように調整されるのです。
靴のつま先が剥がれやすいのは、足が上がっていないからで、足が上がるようにするのに鍼が有効だというふうに通常思われることはないでしょう。鍼治療というと、痛みのある部分に鍼を刺して痛みを軽減したり、コリを解消したりするイメージですが、自律神経への働きかけに非常に有効な手段です。つまり歩いている最中の足の上がり具合にも自律神経の働きが関係していて、自律神経の働きを整えることで足のつま先がしっかりと上がり、靴のつま先剥がれの改善につながるというわけです。
この、足が上がっていないという状況は、単に靴のつま先にダメージがあって困るというだけの問題ではありません。こうした、意識されにくい身体の動きの、生活に大きな悪影響を与えるには至らない程度の衰えは将来、身体の動きの衰えと共に、大幅な悪化へとつながる可能性があります。生活の質を落とすほどのトラブルが生じる前に、こうした日常の中にある合図を見落とさず、自身の身体をケアするよう心がけることが、自分の足できちんと歩くことのできる生活を長く維持する秘訣となります。